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2005年11月26, 27日  東京フォーラムご報告

2007年 2月17, 18日  札幌国際フォーラム(共催)ご案内

富士山測候所

「高所トレーニングの回顧と展望」 浅野勝己氏の講演より

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会報42号

2005年12月25日発行


 11月26日 東京フォーラム特別講演の報告

「高所トレーニングの回顧と展望」

筑波大学名誉教授 浅野勝己

司会 浅野先生は、この冬季スポーツ科学フォーラム設立の時から中心となって活動してい らっしゃいます。今、先生は大きな事業を始めようとしていらっしゃいます。それは富士山 測候所を、高所研究の場として復活させるためにNPOを立ち上げることです。ちょうど明 日が、そのNPOの設立総会となっています。今日はそんな話も交えて「高所トレーニング の回顧と展望」という題でお話しいただきます。

浅野 1992年に岡山でこの冬季スポーツ科学フォーラムの設立総 会があり、その時に高所トレーニングについてお話しいたしまし た。当時はアルベールビル冬季オリンピックの前で、筑波大学の 低圧低温シュミレータ−で、ノルディック複合の荻原選手、三ケ 田選手らがトレーニングを行いました。その結果、オリンピック での優勝という快挙にいたったわけで、日本の高所トレーニング 科学は世界のトップレベルにあるといえましょう。昨年10月に、 杏林書院から『高所トレーニングの科学』が出版されました。20 人の先生方が分担執筆しましたが、今日はその中から私が担当し たところについてお話しいたします。

高所トレーニングの発端

高所トレーニングが注目されるようになったのは、1960年のローマ五輪のマラソンでエチ オピアのアベベ選手が優勝したときからです。人間機関車と呼ばれたチェコのザトぺック選 手のそれまでの記録を8分も縮めるタイムでした。アベベ選手は4年後の東京五輪でも2時 間12分のタイムで優勝しています。アベベ選手の強さの秘密は、標高2500mにあるアジ スアベバでの練習にあるのではないか。

1961年(ローマ五輪の翌年)に東邦医大の朝比奈教授らが中心となって、霧ヶ峰高原(標 高1600m)で中長距離の陸上選手25人を集めて合宿が行われました。1ヵ月にわたる合宿 の後、12人の選手が自己新記録をつくるという劇的な効果が見られたのでした。

1963年には、低圧シュミレータ−によるトレーニングが行われています。立川に、パイ ロットの適正検査を行う低圧シュミレータ−があります。ここでは高度1万メートルまでの 気圧を作り出すことができます。6人が、標高4000m相当の大気圧の中に1日2時間滞在 し、30分のペダリングを2回ずつ、2週間継続しました。その結果、最大酸素摂取量が平均 で14.8%の増加しました。しかし、実験後には脱順化がおこり2週間で効果は半減すると いうことがわかりました。

1963年8月には1600mの霧ヶ峰に6日間合宿し高所順化の後、さらに2700mの乗鞍岳 鶴ケ池周辺でトレーニングを2週間行いました。この時は最大酸素摂取量には大きな変化は


見られませんでしたが、最大酸素負債量が14%増加するという結果を得ています。参加者 20人のうち、10人は下山後に自己記録を更新しました。

1965年、メキシコ五輪を3年後に控え、高所にあるメキシコシティーでのトレーニングを 行うため陸上と水泳の22人の選手が派遣されました。標高2300mのメキシコシティー到 着2日目の測定では選手最大酸素摂取量は20〜35%の減少、赤血球も減少しました。しか し、3週間の滞在中に序々に回復し、帰国後には出発前より高い値を示しました。高所トレー ニングの経験と研究が、本番のオリンピックでマラソンの君原選手が銀メダルをとるという 成果に結びついたといえます。

1966年の乗鞍岳での合宿は、インターバル高所トレーニングの効果を確かめようというも のでした。この前年、スイスで開催されたの学会で、ボルキ教授が、「連続的に高所に滞在 するのではなく高所と平地とのトレーニングを繰り返すことが有効である」と提言しまし た。そこで、標高2700mの乗鞍高原に3週間、連続して滞在するA班と、2週間後に下山 し再び高所に戻るB班とにわかれてトレーニングを行い、その成果を比較しました。図1- 3は私にとって思い出深いデータです。この研究は東京大、東京教育大、東京工業大等が参 加した共同研究です。血液分析は、今の浅井学園の中川先生が中心となって行いましたが、 私も顕微鏡をのぞいては赤血球を数えました。乗鞍岳に滞在2週間で高所順化が進み、その 後下山したB班と、留まったA班との間には生理学的な違いがみられませんでした。むし ろ、メンタルな面で違いが現れ、インターバル高所トレーニングを行ったB班に意欲の高揚 が感じられました。この時、高所トレーニングに参加した選手たちが、今では指導者となっ て高所トレーニングを広めています。


高所トレーニングの生理学的意味

標高1500m以上になると高度1000m上がるごとに気圧は約10%減少します。メキシコシ ティーでは10%の減少、富士山頂では20%の減少、高度4000mでは25%の減少となりま す。そのため動脈血の酸素供給量が減少し、運動に対する生体の負担は増していきます。例 えば図1-6のように、100ワットの運動が平地では50%の運動強度であるのに対し、高度 4300mでは70%の運動強度となります。ですから高所での持久性トレーニングは筋肉組織 への低酸素刺激が大きく、その効果も大きいことが期待されます。

高所トレーニングの有効性

赤血球の増加

1990年、1886mの中国雲南省昆明(クンミン)で約1ヶ月にわたって行われた日本陸連の 強化合宿では、4週目に赤血球数が平均17%の上昇しました。滞在2〜3日目に腎臓から分 泌されるエリスロポエチンが急増しています。これが骨髄細胞を刺激して赤血球を新生する と考えられます。高所トレーニングによって赤血球数、ヘモグロビンが増加します。しか し、最近では、赤血球でドロドロになった血液は血管内で交通渋滞を引き起こす可能性も 指摘されています。

乳酸の抑制

1992年のアルベールビル冬季オリンピック に先立ち、荻原、河野、三ケ田ら日本代表選手が筑波大学の低圧低温シュミレーター内で トレーニングを行いました。摂氏5度、2000m相当の気圧で1日2回のペダリング及 びランニングを4日間行い、トレーニング前後で下肢の筋代謝をNMR(核磁気共鳴)法 で比較しました。その結果、トレーニング後は筋肉のpH低下が抑制され、血中乳酸の上 昇も抑えられるなど、全選手で改善がみられました。

内分泌 自立神経の変化

インドヒマラヤの7000m級の山に登るクラ イマーに対して、低圧シュミレーターで4000m相当の低圧下でトレーニングを行い ました。運動負荷が大きくなるとアドレナリンの分泌が増えますが、低圧環境下ではグラ


フの増加カーブは急になります。しかし週1回のぺースで3ヶ月トレーニングを行った後で は、グラフが右にシフトして同じ負荷に対するアドレナリン分泌が少なくなっています。

また6000m相当の低圧環境下で一流クライマーと一般クライマーのACTH(交感神経の興 奮によって生じる)を比較すると、一般クライマーでは運動によってATCHが急増するの に対し、一流クライマーでは微増にとどまっています。一般クライマーもトレーニングをく り返すうちにあまり増えなくなってきます。

健康増進作用の可能性

高所に生活する民族には長寿者が多く生活習慣病が少ないといわれています。高所では日常 のちょっとした動きでも運動をしているのと同じ効果があります。筑波大学の低圧シュミ レーターを使った実験では、2000m相当の低圧環境下で、日常は運動していない中年男性 に心拍数130程度のペダリングを、1回15分、週2〜3回の頻度でやってもらった結果、4 週間後に有気的作業能が18%増加しました。常圧下で同じトレーニングをしたグループに は変化がみられませんでした。さらに高所トレーニングを行ったグループでは最大下運動時 の心拍数や拡張期血圧に低下がみられました。高所トレーニングは一般人にとっても、心血 管系や有気作業能の改善、動脈硬化の予防など健康増進に役立つ可能性があります。


高所トレーニングの変容と発展

高所トレーニングは、当初は高所に滞在し(Living high)そこでトレーニング(Training high)を行うという形でした。その後、インターバル高所トレーニングが提案され、以後 さまざまな形が試みられています。常圧下で生活しながら(Living low)低圧シュミレータ−内でトレーニングする(Training high)方法や低圧下で滞在しつつ(Living high)トレーニングは常圧で行う(Training low)方法などが研究されています。

高所トレーニングの今後の課題

ACE遺伝子

高所トレーニングを効果的に行うには、行く前や期間中のコンディショ ニングが欠かせません。高所では内臓の膨満や下痢などの症状が出やす くなりますから、消化のよいものを食べること、毎日、体温測定するこ となどが必要で、よいコンディションでやらないと効果がありません。 しかし、それでも高所トレーニングには、効果の表れる人と効果の出な い人があります。高所適応のよいグループをresponder、適応しにくい グループをnon-responderといい、おおむね半々になります。

最近では、低酸素耐性を決定するACEの遺伝子のタイプが注目されてい

クライマー番号

ます。ACEは多くの組織内に含まれ血管収縮促進のアンギオテンシン??を作る酵素です が、活性の低いI(insertion)型と活性の高いD(deletion)型があります。7000m以上の 山に酸素マスク無しで登頂を果たしたクライマーはII型かID型の人で、血管収縮の比較的 弱い遺伝子を持っていると報告されています。

日本のクライマー10人についてACEの遺伝子タイプを調べたところ、7人がIIまたはID 型で、3人がDD型でした。DD型の人は高所適応に苦しんだことがあると言っていました。 高所トレーニングの効果と遺伝的要因については今後、議論のあるところです。

女性の高所トレーニング

マラソンの高橋尚子選手は高所で毎日30km走るトレーニングを続けながら月に2,3回は 3500mまで上がってトレーニングをしているそうです。それが今回の35kmからのスパー


ト、そして優勝へとつながったと思います。高所トレーニングは自律神経系や内分泌系に歪 みを生じやすいので、女性の場合には性周期などを正常に維持できるようなトレーニング体 制が望まれます。

無酸素性エネルギー代謝機能への影響

また、高所トレーニングは有酸素的な能力だけでなく、無酸素エネルギー代謝にも好影響を 与えることが考えられます。今後の研究課題といえます。

富士山測候所の活用を

最近では、高齢者がキリマンジャロなどの高い山に登ることが多くなっています。高所障害 としては肺に水がたまる肺水腫が知られていますが、脳に水がたまれば意識障害を引き起こ します。高齢登山者のうち40人に1人が死亡しているという現実もあります。そこまでに は至らなくとも、むくみや意識障害、無呼吸症候群や心臓がドキドキして眠れないなどの影 響が出てきます。スイスでは4000mのところに高所科学の研究センターがありますが、日 本での高所科学研究の拠点は富士山頂がふさわしいでしょう。

私は、昨年8月に富士山に登りました。富士山頂測候所の建物はあと50年は大丈夫という ことでした。その測候所が9月で閉じられるのかと思うともったいない気がしました。測候 所のライフラインを維持するには年間5000万円から1億円のお金が必要です。しかし、廃 止を決めた政府にはそれだけの予算がとれない。それならばNPOを作って、廃止された国 の施設の受け皿となろうと考えました。富士山測候所の活用については、スポーツ科学に留 まらず、大気科学や天文学、環境科学の分野の研究者も注目しています。大気科学では、遠 く大陸から飛んでくるものを富士山頂で採取してきました。環境科学では、山頂の永久凍土 の観察を続け、20年間に10cm上がってきているといった事実も報告されています。

NPO設立

明日、飯田橋の学士会館で、NPO「富士山測候所を活用する会」の設立総会が開かれます。 皆様にぜひ、ご出席いただければと思います。

(当日のメモをもとに再現を試みました。事務局)


浅野勝己氏(前列右から2人目)を囲んで


11月27日報告

キーノートレクチャー

「スキーノルディック種目に対するサポート活動」
山辺 芳(国立スポーツ科学センター)

一般発表

1.「スキージャンプ・テイクオフ局面における身体近傍気流の解析に基づく動作評価の試み」

山本敬三(浅井学園大学)   川初清典(北海道大学)

下岡聡行(北海道大学)    上杉 宏(北海道東海大学)

清水孝一(北海道大学)

2.「スキージャンプの踏切動作における足圧分布に関する一考察」

水崎一良(広島大学大学院) 渡部和彦(広島大学大学院)

3.「クロスカントリースキー・ダイアゴナル走法に関するキネマティクス的分析」

法元康二  三本木 温  高橋建志  皆川裕次  水島禎行

(青森県スポーツ科学センター)

4.「県および地域レベルにおける高校アルペンスキー選手の体力と競技力の関係」

三浦 哲(新潟県スポーツ医科学センター)

三浦望慶(仙台大学)

○発表者、参加者で活発な議論が交わされました。

総会

次回の開催地と時期

○トリノオリンピックの後の総括として弘前での体育学会(2006年秋)に合わせて開催す るという考えもある。しかし2007年2月の札幌ノルディック世界選手権大会の直前に国際 シンポジウムを北海道大学で企画しているので、国際シンポジウムと共催ということにした い。

○札幌スキー連盟、北海道スキー連盟とも調整していけたらと思う。

アジア・大平洋スポーツ科学会議2007

○1970年頃から韓国ソウル大学とUCLAの研究者が始めた会議で、2001年にソウルで大 規模な会議を開催。2003年にはマニラで行う予定だったが、サーズのため2005年11月に 延期された。韓国、中国、日本、マレーシア、インドネシアなどアジア中心の会議だがヨー ロッパ、カナダ、アメリカからも参加。2007年12月には広島大学で開催予定。


11月27日、冬季スポーツ科学フォーラム終了後、渡部、川初、飯塚3名が「富士山測 候所を活用する会」の設立総会に出席しました。総会は、会場からの指名で浅野勝己氏 が議長となり、「NPO富士山測候所を活用する会」の発足とともに理事長に就任しまし た。副理事長の土器屋由紀子氏は「測候所が廃止と聞いて、これまで積み上げてきた研 究もこれで終りかと嘆いていたが、NPOの設立で一筋の光を見い出した思いです」と 語っていました。

「富士山測候所を活用する会」設立総会資料より

2007年12月6-7日 
「アジア・大平洋スポーツ科学会議」広島で開催


ユバスキラ大学でのノルディックスキー学会
2006年6月18〜20日

三浦哲氏よりメールでご案内をいただきました。

三浦 哲(新潟県スポーツ医科学センター)です。毎回のフォーラムで大変お世話にな り、ありがとうございます。 札幌でのフォーラムを大変楽しみにしております。

話は変わりますが、ユバスキラ大学でのノルディックスキー学会は下のホームページ になります。

http://www.icsns2006.fi/

よろしくお願い致します。


次回 冬季スポーツ科学フォーラム

2007年2月17,18日 於 北海道大学

冬季スポーツ国際シンポジウムと共催へ

ノルディックスキー'07札幌世界選手権大会記念

冬季スポーツ科学国際シンポジウム(仮)および
第17回冬季スポーツ科学フォーラム札幌の同時開催

北海道大学 川初清典

 札幌市において2007年2月にノルディックスキー世界選手権大会が開催されま す。北海道の冬季スポーツでは札幌冬季オリンピック大会(1972)以来、史上2番目 の規模の大会であり、また我が国としても長野冬季オリンピック大会(1998)に続く 3番目の規模に位置づけられる行事です。近年では冬季スポーツ競技への関心が低 下する傾向にあってスポーツ少年団人口が減少し次世代選手の養成も低調です。北 海道大学の高等教育機能開発総合センター・生涯学習計画研究部 生涯スポーツ科学研究部門は標記冬季スポーツ科学国際シンポジウムと第17回冬季スポーツ科学 フォーラム札幌の同時開催を計画し「ノルディックスキー'07札幌世界選手権大会」 を契機として我が国および世界諸国の

1.冬季スポーツ科学と指導の研究の推進

2.冬季スポーツの振興

のために研究者、教員、指導者、が集って研究討議し、その成果を国内外に提供す ることを目指します。成果を学術図書として刊行するのでこれ迄の成果も含めて英 文論文として発表するチャンスです。

 詳細は続報にて掲載します。

冬季スポーツ科学研究会
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